最後のブルートレイン「北斗星」京の桜に染まりたくて

2014年03月28日

原子力にかけた(幻の)夢の始まり

いわき市に住んでいる大学の同級生のFacebookから知ったネタですが、60年前の1954年7月2日の毎日新聞の記事(たぶん社説?)です。

『さて原子力を潜在電力として考えると、まったくとてつもないものである。
しかも石炭などの資源が今後、地球上から次第に少なくなっていくことを思えば、このエネルギーの持つ威力は人類生存に不可欠なものと言ってよいだろう。』
・・・(中略)・・・
『電気料は2000分の1になる。
原子力発電には火力発電のように大工場を必要としない。大煙突も貯炭場もいらない。
また、毎日石炭を運び込み、たきがらを捨てるための鉄道もトラックもいらない。
密閉式のガスタービンが利用できれば、ボイラーの水すらいらないのである。
もちろん山間僻地を選ぶこともない。ビルディングの地下室が発電所ということになる。』

我々の先輩たちは、原子力発電についてこんなに無知で子供っぽい発想で国策をスタートさせたのですな。

原発というのは高級なシステムでは全くないのです。
原発というのは約200年前にジェームズ・ワットが発明した、とても古めかしい蒸気機関の一種で、それも大変効率の悪い「できそこないの蒸気機関」であるということを、なぜ誰も指摘しなかったのでしょうか。

今や日本は世界一高い電気代を払っています。
原発を作り始めてからは、人口密度の低い僻地に補助金の包装紙に包んで押し付けて・・・
水もいらないはずの原発が、冷却水がなくて爆発して、現在も放射能は空に海にばら撒かれ、事故は継続しているのになぜか収束宣言や安全宣言が出たりしています。

この記事の後段を読めば、すべてが絵空事だと誰でも笑ってしまうのに、60年前は本気にして儚い幻の夢を見ていたのですな。
そしてこの儚い幻の夢が、悪夢の始まりだったわけです。
続きはまた後日書きますね。

こんな写真を見ると、放射能汚染物質を持て余している今の日本をイメージしてしまうのです。
クリックしてど~ぞ!
5ad0f8de.jpg

[廃棄物]




urutorahurosu at 05:56│Comments(1)今日このごろ 

この記事へのコメント

1. Posted by けーこ   2014年03月29日 07:25
この写真・・・
見事にその通りだと思います。

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